ただ消費するだけのむなしさ
毎朝コンビニでコーヒーを買い、昼はサクッと済ませ、夜はAmazonで何となくポチる。私たちは日々、膨大な消費行動をしている。食べ物、服、家電、サービス——気づけば一日に何十もの「選択」をこなしている。
あなたが消費する主体であることは、疑いようがない。
問題は、その選択に「意味」を持たせているか、だ。
消費には必ず、何かしらの判断軸がある。安さ、利便性、見た目、ブランド——あなたはどんな軸で選んでいるだろうか。そもそも意識したことはあるか。
「何となく選んでいる」のなら、それは軸がないことと同じだ。そしてそこには、どこかむなしさが漂う。消費は人生の相当な部分を占める行為なのに、それが単なる「消化作業」になっているとしたら。
「安さ」で選ぶのはイケてない
もう学生じゃない。
コストパフォーマンスを考えることそのものは問題ない。だが「とにかく安ければいい」という選び方は、20代を過ぎたいい大人にはちょっと似合わない。
なぜか。
まず何より、ダサい。
値段だけしか見ずに「安かろう悪かろう」を選ぶのは、苦学生であればともかく、自分で稼ぐようになってしばらく経ったのであれば、卒業したい頃合いだ。
次に、安さの理由が問題だ。
安さを最優先した消費には、必ずどこかにコストが転嫁されているからだ。ただしそのコストを払っているのは、あなたではない。生産地の労働者だったり、環境だったり、そのサプライチェーンの末端にいる誰かだったりする。
自分が払わない分、誰かが払っている。その事実に無自覚でいることを、「賢い買い物」とは言わない。
「有名さ」で選ぶのもイケてない
ブランドのロゴを全面に押し出すのは、もう古い。あれは「このブランドに認められた人間です」という宣言であって、自分の価値観ではない。
ブランドの世界観や哲学に共鳴して選ぶのは、まったく別の話だ。それは自分の言葉で語れる選択だから。
問題は「有名だから」「みんなが持っているから」という理由だけで選ぶことだ。そこには自分の判断がない。他者が決めた「価値」をそのまま借りているだけで、自分は何も選んでいない。
30代になったら、少なくとも「なぜこれを選ぶか」を自分の言葉で語れるようになりたい。消費は、その人の価値観の表れでもあるのだから。
新しい選択の基準ーエシカル消費
そこで提案したいのが、エシカル消費という軸だ。
エシカル(ethical)とは「倫理的な」という意味。エシカル消費とは、人・社会・環境への影響を考慮した消費行動のこと。シンプルに言えば、「その選択が、誰かを傷つけていないか」という視点を持つことだ。
なぜこれがイケているのか。
①価値観が消費に乗るから。
安さでも知名度でもなく、「その商品が何を支えているか」で選ぶ。他者の評価を借りるのではなく、自分の判断で選んでいる。その差は小さいようで、実は大きい。消費が、自己表現になる。
②世界が実際にその方向に動いているから。
EUはグリーンウォッシュを法規制し始め、大企業はサプライチェーン全体の倫理性を問われるようになっている。エシカル消費の視点は、ビジネスパーソンとしての「時代のリテラシー」になりつつある。
③消費者としての影響力を自覚できるから。
選択はただの購買行動ではない。何を支持し、何を支持しないかという、小さくても確かな意思表示だ。一人の力は微力でも、積み重なれば市場を動かす。
「安さ」でも「有名さ」でもなく、自分の価値観で選ぶ。
それが、これからの消費の基準になっていく。

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